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京都地方裁判所 昭和60年(ワ)1679号 判決

原告(反訴被告)

有限会社興学社

右代表者取締役

岡崎正明

右訴訟代理人弁護士

森川明

稲村五男

川中宏

加藤英範

村山晃

村井豊明

被告(反訴原告)

本田建設こと

本田敏一

右訴訟代理人弁護士

海藤寿夫

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金七〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月二〇日から支払いずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  原告(反訴被告、以下、「原告」という。)の被告(反訴原告、以下、「被告」という。)に対する別紙約束手形目録(一)記載の約束手形(以下、「本件手形」という。)による約束手形金債務の存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

主文第一、第三項同旨

三  反訴請求の趣旨

1  主文第二、第三項同旨

2  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴について

1  請求原因

(一) 被告は、原告の振出にかかる本件手形を所持し、原告に対し、本件手形による約束手形金債権を有すると主張している。

(二) しかし、原告は右手形金債務を負担していないから、被告に対し、右債務の存在しないことの確認を求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因(一)の事実は認める。

3  抗弁

(一) 被告は、別紙約束手形目録(一)記載のとおりの表示のある本件手形を所持している。

(二) 原告は、本件手形を振り出した。

4  抗弁に対する認否

抗弁事実はすべて認める。

5  再抗弁

(一) 原因関係の不存在

(1) 本件手形は、被告が請け負つた京都市南区西九条蔵王町一五番地所在の建物と京都市伏見区内にあるガレージ(以下、合わせて「本件建物」という。)を塾教室に改装改築する工事(以下、「本件請負契約」という。)の請負代金の支払いのために振り出されたものである。

(2) しかし、右工事を発注したのは訴外飯田博己(以下、「飯田」という。)であり、本件建物及び工事後の建物の所有者は、訴外竹本邦臣(以下、「竹本」という。)か同人の父もしくはその経営する会社である。

(3) 従つて、右請負代金は、飯田ないし竹本または同人の父が負担すべきであつて、原告が支払義務を負担するものではなく、他に原告が右請負代金を負担すべき理由もない。

(二) 強迫による意思表示の取消

(1) 原告会社の取締役である岡崎正明(以下、「岡崎」という。)は、昭和五四年ころから吉祥院の自宅で学習塾の経営を始め、その後亀岡市、京都市南区等に新たな塾を開設していつた。

(2) 昭和五六年一〇月ころ岡崎の経営する塾に通う生徒の所属中学での言動から同塾における部落差別問題が取り上げられ、これ以降部落解放同盟地域支部によつて設置された「岡崎塾差別事件糾弾闘争委員会」が中心になつて岡崎に対する責任追及が始まり、同年一二月から翌五七年九月までの間に四回の「事実確認会」、三回の「糾弾会」が行われるなどした。

(3) 飯田は、当時部落解放同盟地域支部の役員をしており、右「事実確認会」や「糾弾会」では常に進行役として多数人の面前で岡崎の責任追及の先頭に立つていたが、この間、飯田は岡崎と二人だけのときに、「金を払えばすぐに解決する。」「岡崎塾をつぶすのは簡単だ。」「南部商事(飯田経営)から机や黒板を買え。」「○○を塾の顧問にしろ。」等と種々の強要、強迫をしてきた。

(4) 昭和五八年暮、岡崎は飯田から塾の改装と南部商事からの机、椅子等の購入を要求され、断るとどのようなことになるかもしれないとの恐れからこれに応じ、昭和五九年二月ころ、飯田に改装費用二四〇万円、南部商事に代金四〇万円を支払つた。

(5) 昭和五九年一〇月、飯田は岡崎に対し、支部段階での話は終わつたと言いながら、「お前の解決した事件を解放同盟京都府連、中央本部が取り上げるかもしれない。そうすればお前の塾はすぐつぶれる。」などと話した後、「自分の友人で資産家の竹本というのがいる。三人で組んで塾をやろう。」と持ち掛け、同年一一月上旬、飯田宅で竹本と同人の父に面会させられ、ここで竹本が資金と資産を出し、飯田が学校及び行政交渉をすること、岡崎は塾経営のノウハウを提供することになり、同年一二月ころ、建築費用は飯田、竹本、竹本の友人武本稔(以下、「武本」という。)の三名が各一〇〇〇万円づつ負担するという約束で、本件建物を塾に改装改築することになり、飯田が被告にその工事を依頼した。

(6) 新しい塾の経営は岡崎が代表取締役をしている有限会社栄光学園(旧商号・有限会社学際教育研究所、昭和六〇年一月一五日商号変更、以下、「栄光学園」、「学際教育研究所」という。)が行うことになつていたが、その後、飯田らは、建築資金の支出を岡崎に押しつけようとして、昭和六〇年一月下旬ころから飯田、竹本、武本、武本の代理人という赤岡某(以下、「赤岡」という。)などが岡崎や塾の経営に参加することになつていた岡崎の叔父荻野俊雄(以下、「荻野」という。)に無理難題の要求を繰り返し、同月三一日には赤岡が塾の教室に来て暴力を振るい備品を壊したりした。

(7) このような状況のもとで、同年一月三一日、被告や飯田らが岡崎や荻野に強要して、振出人、学際教育研究所、金額・八〇〇万円、満期・同年三月三〇日とする別紙約束手形目録(二)記載の約束手形(以下、「旧手形」という。)を作成交付させた。

(8) 本件手形は、旧手形が満期に決済できなかつたため、書き換えさせられた三通の約束手形の内の一通であるが、右書換にあたり原告を振出人としたものである。

(9) 本件手形は、被告、飯田、竹本、武本、赤岡らが岡崎に対し、以上のような一連の強迫行為をなし、これに畏怖した岡崎がやむなく振出、交付したものである。

仮に、被告が右強迫行為に加担していなかつたとしても、被告は飯田らが岡崎を強迫して振り出させた手形であることを知りながら本件手形を受け取つたものである。

(10) 原告は被告に対し、昭和六〇年一一月一二日の本件口頭弁論期日において、これを取り消す旨の意思表示をした。

6  再抗弁に対する認否

(一) 再抗弁(一)の事実について

(1) (1)の事実は認める。

(2) (2)の事実は否認する。なお、工事の発注者は栄光学園である。

(3) (3)の主張は争う。

(二) 再抗弁(二)の事実について

(1) (1)ないし(6)の事実は知らない。

(2) (7)の事実中、旧手形を学際教育研究所が振り出したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) (8)の事実は認める。なお、旧手形の書き替えを要請したのは岡崎であり、本件手形の振出人を原告としたのは、原告側の便宜を図つたものである。

(4) (9)の事実は否認する。

(5) (10)の事実は認める。

二  反訴について

1  請求原因

(一) 本訴抗弁に同じ

(二) 被告は原告に対し、本件手形金請求の反訴を提起し、右反訴状は昭和六〇年九月一九日原告代理人に送達された。

(三) よつて、被告は原告に対し、本件手形金七〇〇万円とこれに対する反訴状送達の翌日である昭和六〇年九月二〇日から支払いずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  請求原因に対する認否

請求原因(一)の事実は認める。

3  抗弁

本訴再抗弁に同じ

4  抗弁に対する認否

本訴再抗弁に対する認否に同じ

第三  証拠〈省略〉

理由

第一本訴請求について

一請求原因(一)の事実及び抗弁事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そこで、再抗弁について検討する。

1  再抗弁(一)(原因関係不存在)について

(一) 本件手形が、被告の請け負つた本件建物の改装改築工事代金支払いのために振り出された旧手形の書換手形の一部であることは、当事者間に争いがない。

(二) 〈証拠〉によれば、本件建物は竹本または同人の父の所有であり、被告による改築後も同人らの所有となつていること及び本件請負契約は栄光学園(旧商号学際教育研究所、昭和六〇年一月一五日商号変更、代表取締役岡崎)と被告との間で締結されていることが認められ、原告代表者本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用しない。

(三) 右事実からすれば、原告は本件請負契約に直接関わつてはいないから右契約による代金支払義務がないものと一応考えられる。

(四) ところで、手形の無因性と訴訟の実際から考え、手形債務者が原因関係の欠缺を主張するには、特定の原因のみを指定してその不存在をいうだけでは足りず、手形債権者の積極否認事実等弁論の全体に顕れた事実から原因関係となり得る事実についてもその不存在を主張立証すべきものと解するのが相当である。

(五) しかして、前記認定の事実によれば、栄光学園が本件請負代金の支払義務を負担していることは明らかであり、従つて、旧手形を右会社(振出人の名義は旧商号による)が振り出したのは右原因によるものであると解されるが、旧手形の書き替えにあたり原告が振出人となつた事情は必ずしも分明ではない。

(六) しかし、〈証拠〉によれば、原告会社の取締役は岡崎一人であり、同人は栄光学園の代表取締役をも兼ねているところ、右両社とも実態は岡崎の個人企業であること、栄光学園において旧手形の決済ができなかつたため、岡崎が被告に所謂手形のジャンプを依頼して、本件手形を含む三通の書換手形を原告名義で振り出したこと、その内の二通(各額面五〇万円)は既に原告において決済していることが認められる。

(七) 右の事実からすれば、旧手形も本件手形も実質的な債務者は岡崎個人であり、また岡崎個人と同視すべき栄光学園ないし原告会社と解することが可能であり、形式的にいえば栄光学園の債務を原告会社が引き受けたと見ることもでき、いずれにしても原告において本件手形を振り出す原因が存在したものと解する余地があり、右のような原因の存在を否定するに足りる証拠はない。

(八)  そうすると、結局、原告の右主張は立証がないことに帰するからこれを採用することはできない。

2  再抗弁(二)(強迫による意思表示の取消)について

(一) 〈証拠〉によれば、岡崎の経営する塾に関連する差別事件を契機として、飯田や赤岡らから岡崎に対し、原告の主張(再抗弁(二)の(1)ないし(6))するような強迫的言動がなされたことが窺えるが、右本人尋問の結果によつても、被告は右強迫的言動に直接加わつていないことが認められる。

(二) ところで、第三者の強迫による手形行為の取消は、相手方が悪意である場合にのみ対抗し得るものと解するのが相当であるところ、原告は、被告は本件手形が振り出されるに至つた経緯を知りながらこれを受け取つた旨主張し、原告代表者は本人尋問においてこれに副う供述をしているが、被告と飯田らは知り合いだからそのように推測しているというに過ぎず、右推測を首肯すべき事実を認めるに足りる証拠はない。

(三) また、原告代表者は、昭和六〇年一月三一日、飯田と被告と荻野が居る所へ行つたところ、険悪な状況であり、工事代金の八〇〇万円の手形を書くよう脅されて旧手形を振り出した旨供述するが、その際に被告や飯田においてどのような強迫的言辞ないし行為があつたのか、なんら具体的な説明もなく、他方、旧手形の振り出しを拒否しなかつたのは、本件建物を塾の教室として使えると思つたからであるとも述べており、前記供述をにわかに措信することはできず、他に被告が岡崎を強迫した事実を認めるに足りる証拠はない。

(四) 従つて、原告の右主張はその余の点について判断するまでもなく、いずれもこれを採用することができない。

第二反訴請求について

一反訴請求原因(一)の事実は、当事者間に争いがなく、同(二)の事実は当裁判所に顕著である。

二反訴抗弁事実については、本訴再抗弁について判断したとおりであつて、これを認めるに足りる証拠はない。

三しかして、右事実によれば、原告は被告に対し、本件手形金七〇〇万円とこれに対する本件反訴状の送達の日の翌日である昭和六〇年九月二〇日から支払いずみに至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払い義務がある。

第三結論

以上の次第であつて、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、反訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官井垣敏生)

別紙

約束手形目録

(一)

(二)

金 額

七〇〇万円

八〇〇万円

満 期

昭和六〇年五月三一日

昭和六〇年三月三〇日

支払地

京都市

京都府亀岡市

振出地

京都市

京都市

支払場所

京都中央信用金庫西五条支店

京都信用金庫東亀岡支店

振出日

昭和六〇年四月一日

昭和六〇年一月三一日

振出人

有限会社興学社

有限会社学際教育研究所

受取人

本田敏一

本田敏一

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